ピースウィンズ・ジャパンは、紛争や災害などの脅威にさらされている人びとに対して国内外問わず支援活動を行うNGOです。

海外人道支援

Overseas

2002.12.28

もう戦争には行かない 住み慣れた街を離れる決断

イラク 海外人道支援

クルド人自治区東部の中心的な都市スレイマニアから車を飛ばして30分あまり。そこに、戦争や身の危険を感じて故郷を離れた国内避難民たち約70世帯が暮らすキャンプがあります。ピースウィンズ ・ジャパンが貯水タンクの設置や衣料配布を行い、現在も巡回医療を続けているキャンプです。一見するだけで、避難民たちの困難な生活ぶりが伝わってきます。
ムスタファさん(45歳=仮名)の一家8人が、油田で知られるイラク北部の大都市キルクークを離れて自治区内のこのキャンプに移って来たのは、2002年8月のことでした。
「理由? なに簡単なことさ。クルド人だから追い出されたのさ」とムスタファさん。なお話を聞いてみると、ムスタファさんに脱出の決意を固めさせた理由が2つあったそうです。
1つは、自分の民族を「クルド人」から「アラブ人」に変えるように迫られたこと。もう1つは、再びイラク軍に加わるよう求められたことでした。民族登録をアラブ人に変更することは、クルド人の人口比を下げるために一般的に行われているといわれています。「でも、アラブ人に変えても何もいいことがないから、最近はみんな拒んでるよ」とムスタファさんはいいます。
ムスタファさんが軍隊にいたのは1988年から2000年まで。イラン・イラク戦争にも従軍したそうです。「水もなく、多くの兵士が死んでいった。逃げることもできなかった。戦死者は尊敬されることもなく、墓さえもつくられなかった」軍隊は戦争の恐怖と戦うだけの場ではありませんでした。軍隊のなかにさえ、クルド人への差別があったというのです。そして、その差別は「露骨だった」と。
「激戦のときはもちろん、民族の差なんかない。ただ突撃し、そして死ぬだけ。そうでないときはクルド人は武器も持たずに、戦場に立たされるんだ。サダム・フセインの政権はクルド人を信用していないから、武器を渡さないんだ」
役人から軍隊への参加を求められた直後、ムスタファさん一家はイラク中央政府の支配を離れ、クルド人自治区へ向かうことを決めました。「問題が起きないうちに脱出を」との思いからでした。
安全上の理由により、名前・地名などの一部を変更・秘匿しています。

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