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ピースウィンズは、紛争や災害などの脅威にさらされている人びとに対して国内外問わず支援活動を行うNGOです。

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2022.10.27

【ウクライナ危機】「それでも、私は家に帰りたいのです」 避難民へのインタビュー

ウクライナ 海外人道支援

ピースウィンズの緊急支援チームは、モルドバに逃れたウクライナ人を支援している現地NGO、NCUM(National Congress of Ukrainians in Moldava)と共に、モルドバからドイツへ避難するウクライナ避難民を支援しています。

2022年10月1日、NCUMの新規避難民の方にインタビューをさせていただく機会がありました。ウクライナから逃れてきたばかりの、2つの家族のストーリーをお伝えしたいと思います。

ナタリア(Natalia、62歳)9月30日モルドバに到着



ナタリアさんはミコライウ市(ロシア占領地域から 4~5kmほど離れた都市)に住んでいました。 仕事を定年退職後、平穏な生活を送りたかったナタリアさんでしたが、戦争が起こってしまいました。 爆撃で多くの人が亡くなり、職場のある建物も爆撃で消えてしまいました。

義理の娘と孫はロシア軍に連れて行かれ、現在ロシア領のカザンで5ヵ月暮らしているそうです。
妹と息子はキーウ州(ウクライナ北部)に残り、ナタリアさん一人で 9月30日にNCUMの避難所にやって来ました。 彼女は外国に一度も行ったことがなく、パスポートも持っていません。

「私は家を決して去りたくありませんでした。 退職してようやく私の家で気楽に暮らせると思っていましたが、もうそれもできなくなりました。 毎晩2、3個以上の爆弾が落ちました。そして9月21日午後5時30分頃、家の近くにあるバス停に爆弾が落ちました。12人が負傷し、3人が亡くなりました。 とても怖かったです。 そのバス停は妹に会いに行くときに時々利用する場所でした」。

彼女の息子は離婚していますが、 孫と義理の娘がルビージュネ(ウクライナ東部)に住んでいました。 ルビージュネでの戦闘が激しくなると、孫と義理の娘は 3週間、地下に隠れていたそうです。 残念ながら、義理の娘は他のウクライナ人と一緒に避難できなかったのだそうです。 彼女には3人の子どもがいますが、末っ子はまだ幼い3歳です。さらに身体の不自由な彼女の祖父も一緒にいたので、避難は困難でした。

ところがある日、 隠れていた地下室に車が近づいてきて、「地下室から出たかったら乗って」と言われました。付いていくと、ウクライナ東部・ルハンスク州にあるスヴァトヴェに連れて行かれ、数日夜を過ごした後、比較的安全なロシア領カザンに連れて行かれたそうです。 ナタリアさんは、カザンは悪くない地域であり、義理の娘と孫がカザンに行ったことは本当に幸いだと言います。義理の娘と孫は、それからカザンで暮らしています。

ナタリアさんはもともと空港から800m離れた場所にある工場で働いていたそうです。 ある日、夜明けに爆弾が落ちたのです。 爆音で彼女は外に飛び出しました。外で女性たちが、「夫が軍人なのだけど、戦争が始まったらしい」と話していました。 その時ナタリアさんは今何が起きているのかに気が付きました。その日の午後すぐに息子と一緒にミコライウ市を離れました。

「まず、私たちは近くの村に避難して約1ヵ月暮らしました。それからキーウに行って 4、5ヵ月ほど住んでいました。 それでも、私は家に帰りたいのです。分かりますか?」

ある日、ミコライウ市(ナタリアさんの家がある都市)で爆撃があまり起こっていないというニュースを聞いて、彼女は9月28日に再び家に帰ります。 しかし、翌9月29日、家の近くの9階建てのアパートに爆弾が落ち、人々が亡くなりました。 その一部始終をナタリアさんは、バルコニーで見ていたそうです。

「とても怖かったです。 いつどこで爆弾が飛んでくるのかわかりません。 不安で眠ることがほとんどできませんでした。昼に数時間、夕方に数時間寝て、夜になると恐怖に震えてバスルームに隠れているしかありません。私の避難所はバスルームでした。テレビでは皆避難しろと放送しますが、 ミコライウ市で人々が避難できる避難所はありません。私の義理の娘はロシアのカザンに来るように言います。私は孫をとても愛しています。しかし、カザン行くことはできません。 私はロシアに住むことはできないのです」。

ビカ(Vica、38歳)9月30日、2人の娘と一緒にモルドバに到着



ビカさんはミコライウ市に住んでおり、9月30日に2人の娘を連れてモルドバに避難してきました。 ビカさんもウクライナを離れたくありませんでした。 しかし、都市に爆弾が落ち続ける様子や、人々が亡くなる姿を見た後、もはやミコライウにはいられないと判断し、2人の娘を連れて街を去りました。

街に爆弾が落ちた後、人々は恐怖に震えていて外に出られずにいたそうです。 しかしビカさんは娘の命を守るためにも、去らなければならないと決心したそうです。

「私は最後まで家を出たくありませんでした。 しかし街に爆弾が落ち始めると、もうそこにとどまることができませんでした。 怖かったです。私は娘の命が大切です。 娘の命だけを守るために去りました」

ビカさんは現在、彼女の二人の子どもと共に、さらに安全なドイツに行くためのバスを待っています。

ピースウィンズは、今後もウクライナの人々、そして彼らを支え続けるモルドバの人々に寄り添って支援を届けてまいります。引き続き皆様からのあたたかいご支援をよろしくお願いいたします。

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