ピースウィンズ・ジャパンは、紛争や災害などの脅威にさらされている人びとに対して国内外問わず支援活動を行うNGOです。

海外人道支援

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2014.9.10

【南スーダン】変わり果てた故郷のために-ジョングレイ州ボーの現地スタッフの声-

南スーダン 海外人道支援

私はピースウィンズ・ジャパン(PWJ)の南スーダン現地スタッフに加わったアリエルと申します。今回は、私の故郷でもあり、現在PWJの一員として活動を行っているジョングレイ州ボーについてご紹介します。
アリエル氏
PWJ現地スタッフ アリエル・マーティン・ガラン
人口100万人以上を誇る南スーダン共和国最大の州がジョングレイ州、そしてその州都が、私の住んでいるボーです。ジョングレイ州には、生活文化の異なる6つの部族が暮らしていますが、州内は道路も満足に整備されておらず、大人も子供も教育不足で、清潔な水や医療施設も不足しています。NGOや国際機関が、農業、井戸掘り、インフラ整備など、人々の生活の質の向上に取り組んできましたが、広大なジョングレイ州では地域や部族毎に軍事的指導者が林立するため、紛争が絶えず、他州と比較しても開発が遅れています。
昨年12月に勃発した紛争では、政府軍と反政府軍がジョングレイ州都ボーを奪い合い大規模な戦闘を繰り返した結果、多くの市民が殺され、生き残った人々も他郡や他州、場合によっては国境を越えてエチオピアやウガンダ、ケニアへと命からがら逃げていきました。長年ジョングレイ州で活動していた援助機関も首都ジュバへの退避を余儀なくされ、PWJも2006年以来継続していた井戸掘り事業を中断せざるを得ませんでした。
戦闘の激しかった街の中心部では、市場も家々も灰と化し、人々は病や飢えに苦しみました。国連の敷地に逃げ込み、そこで半年以上避難生活を続けている人々は、今も戦闘や国連敷地内での乱射事件のトラウマに苦しみ、外に出ることにおびえています。紛争で全てを失ったのは避難民だけでなく、村に残った人々も同じです。軍人に家財道具や家畜を奪われ、今では見知らぬ人々が新しい村人として流入し、村の様子は一変しました。
紛争以前のボー周辺の村の様子1紛争以前のボー周辺の村の様子2
写真左右:紛争以前のボー周辺の村の様子
2014年8月時点で、ボーには多くの住民が戻って来ています。ジョングレイ州の地方部から他州に避難していた人々も、まずは州都ボーに来て様子を伺っています。このため、ボーの人口は急激に膨れ上がりました。人口が少なかった頃、住民は皆茂みに隠れてこっそり用を足していました。しかし、人口密度が劇的に高まった今、村人がトイレを使う習慣を身に付けなければ、地域の衛生環境は瞬く間に悪化します。さらに、この時期は雨季でトイレも浸水しやすい状況にあります。雨であふれ出た汚物や下水が地表に溜まると、村人はその水を生活用水として使ってしまいかねず、村人への健康被害も懸念されます。
こうした状況の中、PWJは現在ボーで小学校のトイレ建設と衛生普及事業を行っています。衛生普及事業では、まず学校の先生に衛生普及員研修を行い、生徒、保護者、周辺集落、さらには国内避難民キャンプの人々に、取り入れるべき衛生習慣を説明してまわってもらいます。コレラ等の感染症予防のために水は加熱処理してから飲む事、好き勝手な場所で用を足すのではなく一定の場所に穴を掘り土で埋める事、そして手洗いについて等、ほぼ毎日、違う村をチームで訪問し、水と衛生に関する教育と普及活動を根気強く続けています。
今後も、PWJの一員として、故郷ボーの紛争の爪痕からの復興と開発に寄与していけるよう、全力で事業に取り組んでいきます。皆さんの応援をよろしくお願い致します。
報告:アリエル・マーティン・ガラン(南スーダン現地スタッフ)
※本支援は、ジャパン・プラットフォームからの助成や、皆さまからのご寄付により実施しています。

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