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海外人道支援

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2007.9.13

児島淳のピースウォーターレポートVol.6サリプルの天水域農業を考える(上)〜天水域農業を営むある家族

アフガニスタン 海外人道支援

ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)が活動するアフガニスタン北部、サリプルの天水域では現在、スイカの出荷が続き、春コムギの収穫がほぼ終わっています。前回のレポートでは、雨季に表面を流れる水を貯めることの重要性について考えてみました。では、実際の天水域農業はどのようなものでしょうか。イメージを持っていただくために、1つの例を挙げてみたいと思います。

PWJがすでに4年間、水資源調査事業のなかで観測を続けているシラムという天水域があります。シラムでスイカ畑を持っているある家族に話を聞きました。彼らの話は天水農業の典型的な形態を示していると思われるのでここに紹介します。

天水域地帯の丘陵域
天水域地帯の丘陵域
(C)PWJ/Atsushi Kojima

彼らが所有している畑は、天水域地帯の只中にある丘陵域の一つの斜面で、最寄りの河川域まで車両で約40分のところです。彼らの村からは、徒歩で1時間ぐらいです。私が畑を訪ねたときは、13歳の少年が2匹の犬と一緒に24時間、スイカ畑の番をしていました。ご飯はお父さんかお兄さんが持ってきてくれるそうです。9月12日からはラマダンが始まりますので、この暑い畑の上でいったいどうやって耐えるのか気になってしまいますが、さして気にする風はありませんでした。

畑がある丘陵域の斜面スイカ畑の番をする少年写真左:畑がある丘陵域の斜面
写真右:スイカ畑の番をする少年
(C)PWJ/Atsushi Kojima

さて、畑の様子ですが、下の写真でわかるようにスイカは2m〜数mごと程度にしか果実が見つからないくらいかなり疎らな間隔でなっており、大きさもまちまちです。日本のスイカ畑とは印象が異なります。

スイカ畑
スイカ畑
(C)PWJ/Atsushi Kojima

写真ではきれいにスイカが見える畑を選びましたが、普通は、スイカが埃にまみれていて一見雑草が生えているようにしか見えない場合が多いです。雨季の水を人工的に溜まりやすいようにする構造などは見当たりません。植える時期はこの地域では6〜7月ごろで、約1mの格子ごとに、20cmぐらいの穴を穿ち、種を3つづつ埋め、ヤギの糞を肥料代わりに施します。気になる播水ですが、この熱風の吹く天水域であっても1度も水をやることなく、全ては雨季の間に降って地中に染みこんでいる水分がたよりです。昨年は降水が少なく収穫量は非常に少なかったのに対し、今年は雨季にある程度雨があったのでナリはよかったのですが、害虫の被害が多く、収穫量を下げる原因となったということです。前回取り上げた、年々変動する降水量の影響を大きく受けています。この時期にはスイカ以外の作物は栽培していないので、収穫がなくなれば、収入はゼロになってしまうということです。家畜や種籾を食いつぶしながら生活するしかありません。
収穫したスイカは、家族で借りた馬車などで約5時間かけて、サリプル中心部のバザーまで運びます。バザールでは、大きさや時期にもよりますが、今は1個10〜30Afs.(1ドル≒50Afs.)だそうです。この出荷が終われば、牛に犂を牽引させる手法で耕転を行い、冬コムギの播種の準備をします。雨季が来るのは冬コムギの播種の後です。冬コムギの栽培ももちろん雨季の降水量に完全に依存しています。冬コムギのあとは、セサミや亜麻を植え、またスイカやメロンに戻る、というサイクルです。

馬車でスイカを運ぶ
馬車でスイカを運ぶ
(C)PWJ/Atsushi Kojima
バザーに並ぶスイカ
バザーに並ぶスイカ
(C)PWJ/Atsushi Kojima

スイカ畑の向かい側の斜面は、すでに麦が刈られた後でした。以前はその家族の所有する土地だったそうですが、何らかの揉め事で親戚に取り上げられてしまい、今は人の手に渡ってしまったということです。この地域を牛耳っているコマンダー(元武装グループのリーダー)やシュラ(長老会)に話を聞くと、不在地主は少ないらしく(特に土地問題に関する厳密な調査というのは、様々な問題を誘発する可能性があり非常に困難です)、地主—小作という構図の問題はそれほど大きくないとのことでした。しかし、土地にまつわる係争は常に存在しているようです。第3者であるシュラ、ムッラー(聖職者)、コマンダーの仲裁が必要となることもあります。
次回はこのような天水域農業の課題と、水資源調査の重要性についてです。

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