ピースウィンズ・ジャパンは、紛争や災害、貧困などの脅威にさらされている人びとに対して海外国内問わず支援活動を行うNGOです。

特定非営利活動法人(認定NPO)ピースウィンズ・ジャパン
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イラクの現地活動ルポ

イラクの現地活動ルポ

【イラク】越冬支援のため、シリア難民とイラク国内避難民に灯油を配布

2016.3.29

日本では春の兆しが目に見える頃だと思いますが、こちらイラクの山間部では3月の現在も雪が降っており、冷え込みは4~5月まで続きます。ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)は、紛争で複雑な状況にある人々の生活の質を向上させるため、イラク北部クルド自治区で避難生活を送るシリア難民とイラク国内避難民を対象に、水・衛生、保健、教育、生活物資配布の分野で支援活動を実施しています。

イラクの冬の寒さは厳しく、都市部の近代的な家屋でも、3月に暖房なしで過ごすことは困難です。まして、食料と物資が限られた状況の中、テントや建設途中のバラックで避難生活を送る人々にとっては底冷えの毎日です。このような冬の寒さに備え、PWJは昨年12月、国連機関や現地政府、他のNGOと調整をし、これまでの越冬支援の経験とモニタリング結果から最も必要とされた、暖をとるための灯油を配布することを決定しました。

イラクは産油国ではあるものの、自国で精製できないため、灯油も実は輸入しています。PWJは支援対象地区から要望を受けた後、ニーズの事実確認をするために実地調査を行い、昨年12月から今年2月にかけて、ドホーク州スメル郡の5地域のキャンプ外で暮らすシリア難民1569世帯、同州ザホ郡のキャンプ外で暮らすイラク国内避難民1825世帯、アルビル州ザイトゥン地区で暮らすイラク国内避難民547世帯、マクムール郡グェールで暮らすイラク国内避難民1,000世帯へ、1世帯あたり200リットルの灯油を配布しました。

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~配布の流れ~
1、灯油配布の数日前、受益者リストを元に、PWJスタッフが灯油の引換券を配ります。

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2、避難民の人々は、自分のドラム缶と引換券、身分証明書を持参し、集まります。

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3、PWJスタッフがメーターチェックに立ち会う中、業者が給油をします。

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4、避難民の人々に灯油を引き渡します。その際、受領の捺印を行いますが、読み書きできない避難民も多いため、全員拇印を行います。

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~灯油を受け取った人々の声~

アルビル州で暮らすムザファーさん(43)イラク

「イスラム国に村を攻撃され、2014年8月に親戚とここに避難してきました。村を制圧される前にとにかく逃げました。見つかったら何をされるか分かっていましたし、彼らの掟は厳格です。制圧下で暮らしてゆくことは並大抵なことではありません。

私の村はイスラム国制圧圏と川一本を隔てただけの場所にありました。今はクルド軍が村の前で前線を張っていますが、イスラム国は定期的にロケット弾などで攻撃しているようです。私たち親戚家族は村に家を4軒持っていました。今では5家族が一つ屋根の下です。羊にでもなった気分です。村では羊、牛、アヒル、鶏などを飼っていました。今住んでいる場所は治安が維持され、安心できますが、これといったものはありません。雇用の機会もありません。人生で学校に行ったことはありませんが、アラビア語の読み書きはできます。子供3人は学校に行かせています。ただし、村の学校に比べ、ここの学校には先生が足りません。そして学校のある場所は遠いです。

一番大変なのは家にきれいな水が無いことです。しかし、今一番必要なものは食料です。そして望むことは、世の中が平和であることです。私は宗教や国籍で人を差別しません。日本から来たPWJは、ちょうど寒い時に、ドラムいっぱいの灯油をくれました。しかも煙や嫌な臭いのしない質の良い灯油でした。とても感謝しています。ありがとう」

アルビル州で暮らすマフタブさん(84)イラク

「私には5人の息子と娘が1人います。息子たちは軍隊に所属しており、家と村を失ったように、息子たちも戦争でなくしてしまうのではないかと恐れています。一人は手榴弾を拾う仕事をしており、そんな危ない仕事は辞めなさいと言っているのに、ほかに収入源がないと言って私の言うことを聞きません。

ある日、イスラム国が私たちの村の近くまで来ていると聞き、私は82年間暮らしてきた村を離れました。大切にしてきた思い出や物も置いてきた家が、イスラム国に破壊されてしまうのかと思うと本当に哀しかったです。避難先のアルビルではたくさんの人に助けてもらいました。今のように避難生活を送れていることには感謝しています。しかし、生活は大きく変わってしまいました。以前は親戚や近所の人たちと喜びも悲しみも分かち合ってきましたが、今では散り散りばらばらです。

私は読み書きができませんが、村では小さな畑で育てた野菜等を売って収入を得て、質素ながらも子供たちと幸せに暮らしていました。ここでは収穫の喜びもありません。避難後、資金が尽き、私は病気持ちなのですが病院に行くお金がありません。先週は薬を買うために百ドルのお金を借りました。家賃の安い場所を見つけて避難生活中ですが、私の足には階段がとても辛いです」


アルビル州で暮らすネルグズちゃん(14)

「私の名前は春に咲く花の名前からきています。初めてイスラム国について聞いた時は、特にお母さんが怖れていました。彼らが女の子を連れ去るらしいと聞いたからです。娘は私1人で、ほかに4人の兄弟がいます。私たち家族は、新築の家から、まずはグウェールという場所に逃げて一夜を過ごし、さらにイスラム国が近づいてきたというので、別の地域に逃げて約2週間滞在しました。その後、今いる地域に移動し、家を借りました。

実家に早く帰りたいです。ここでは友達をつくるのも大変です。前は自分の部屋があったのですが、今は男兄弟と一緒の部屋です。車もないので、タクシーを使うしかないのですが、とても高いです。私にとって平和とは、自分の暮らす地域で恐怖にさらされることなく自由に生活できるという状態です。日本の子供たちは勉強ができる環境があるので、一生懸命勉強をして成功してほしいけれど、私たちのことも絶対に忘れてほしくないです」

※この事業は、ジャパン・プラットフォームの助成や、皆さまのご寄付で実施しています。

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