コソボについて知る
コソボ自治州という地域
セルビア共和国の一部でありながら住民の大半をアルバニア系が占めるコソボ自治州では、旧ユーゴスラビア連邦の時代から、分離・独立を求める住民の暴動と、セルビア系の政権による弾圧が繰り返されてきました。1998年にはアルバニア系民兵組織とセルビア治安部隊の間で武力衝突が発生。国際社会の調停努力も実を結ばず、翌1999年3月、NATO(北大西洋条約機構)による空爆を機に大量のアルバニア系難民が流出する事態になりました。2007年2月現在、国連コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)が暫定的に統治し、今後の地位をめぐる協議が行われています。


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コソボ自治州でのPWJの支援
1999年のアルバニア系難民の大量発生を受け、PWJは当初、隣国アルバニアでのキャンプ運営を想定してスタッフを派遣しました。しかし、同年6月の紛争終結に伴い多くの難民がコソボ自治州内へ帰還し始めたため、活動の拠点をコソボに移し、西部のペアなどで支援を始めました。阪神大震災の際に神戸市で使われた仮設住宅約300戸を輸送・建設したほか、翌2000年3月までに診療所の修復、住居修復資材の配布なども行いました。コソボでのPWJなどの支援活動は日本国内でも注目を集め、NGOと政府や企業が連携を強める大きな契機になりました。

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- 外務省ホームページ コソボ: 基礎データなど











