イラクについて知る
イラクの歴史
| 紀元前6000年ごろ |
シュメール人が世界で最初の都市文明をおこすなど、 古代メソポタミア文明の発祥地となる |
| 紀元前 18世紀 |
バビロニア王国が栄える |
| 紀元前7世紀 | 新バビロニア王国が栄える |
| 8世紀 | アッバース朝(750〜1258年)がバグダッドを首都に定め(766年)、 イスラム文化が花開く |
| 1258年 | アッバース朝が滅亡、イル・ハン国の支配下となる |
| 1534年 | オスマン・トルコのスレイマン1世が、サファビー朝と争い、バグダッドなどを 支配するようになる |
| 19世紀 | オスマン・トルコの力が弱まり、イギリス、フランス、ロシアなどが中東へ進出 |
| 1912年 | イラク北部のモスル地方で石油産業がおこる |
| 1920年 | 英国の委任統治領となる |
| 1932年 10月3日 |
ファイサル(ヨルダンの初代アブドラ国王の弟)を王とする王国として独立。 |
| 1946年1月 | イランのマハーバードで「クルディスタン共和国」(マハーバード共和国)が 独立を宣言するが、12月に崩壊 |
| 1958年 7月14日 |
共和国革命 |
| 1968年 7月17日 |
バクル将軍によりバース党政権樹立 |
| 1975年3月 | 国境線をめぐり対立を続けてきたイラクとイランが 電撃的合意 (「アルジェの合意」)。イランはクルド人勢力支援を打ち切る |
| 1979年 7月16日 |
フセイン大統領が就任 |
| 1980年9月〜 1988年8月 |
イラン・イラク戦争 |
| 1988年 2月ごろ〜 |
イランの支援を受けたクルド人勢力への報復として、クルド人に対し空爆や
毒ガス攻撃、虐殺、強制移動が行われる。 クルド人掃討作戦「アンファル・キャンペーン」が大規模に実施される |
| 1990年 8月2日 |
クウェートに侵攻。湾岸危機が勃発。6日には国連が経済制裁に踏み切る |
| 1991年 1月17日 |
湾岸戦争が勃発。多国籍軍による対イラク武力行使が始まる |
| 1991年 2月28日 |
湾岸戦争終結。停戦直後、北部のクルド人や南部のシーア派が一斉蜂起するがイラク政府軍が鎮圧。弾圧を恐れた多くのクルド人らが難民化するが、周辺国が国境を閉ざしたため、寒さやイラク軍の攻撃で倒れる人も続出 |
| 1991年4月 | クルド人らの保護を訴える国連安保理決議688号が採択される。 米英仏3カ国は、決議にもとづくとして、北緯36度以北のイラク北部をイラク空軍の「飛行禁止区域」とし、監視飛行を開始する(フランスは後に離脱)。 北部地域はフセイン政権の支配の及ばない「クルド人保護区」(セーフヘブン)となる |
| 1992年5月 | 自治政府議会設立選挙が行われ、KDPとPUKが参加する「クルド民族議会」が発足。「クルド人自治区」が成立する |
| 1994年 | 対トルコ国境貿易の利権争いや、歴史的な部族対立などを背景に、クルド人自治区内でKDPとPUKの抗争が激化 |
| 1996年8月 | KDPがフセイン政権に軍派遣を要請、PUKの本拠地アルビルを陥れる。 同年両政党は分割支配に合意する |
| 1996年 12月〜 |
オイル・フォー・フード・プログラム(石油食糧交換計画)により、国連加盟国によるイラク石油の輸入が再開される。徐々に輸出枠が拡大され、99年12月には輸出限度枠が撤廃される。 食糧、医療品以外にも、輸入対象品目の拡大、輸入手続きの簡略化が図られる |
| 2002年夏〜 | テロ支援組織とのつながり、大量破壊兵器の所有に関する疑惑が焦点となり、 イラクをめぐる情勢が緊迫化する |
| 2002年10月 | 6年ぶりのクルド民族議会。KDPとPUKが統合プロセスを進める |
| 2002年12月 | クルド人自治区内でイラク反体制派会議が開催 |
| 2003年 3月20日 |
米英軍がイラクへの空爆を開始。イラク戦争開戦 |
| 2003年 4月9日 |
フセイン政権がバグダッドの統治能力を失う |
| 2003年 4月10日 |
キルクークにクルド人勢力が進入 |
| 2003年 5月1日 |
ブッシュ・米大統領が戦闘終結を宣言 |
| ※外務省ホームページなどを参考に作成 | |
| (更新:2003.07.15) | |











